a_lr_es_ch_aのブログ

なんの得にもならないブログです

明日誕生日なので半生を振り返る

こんにちは。明日誕生日を迎えて22になります。
私がついに22です。精神年齢5歳ぐらい。
昨日会った姉にも、えっお前が22?えっお前が?22?お前が22?って5回ぐらい連呼されました。
最近新しいバイトを始めてわりと大変です。
誰にも需要がないと思うけど今日で21年間の人生は終わりになることだし、あと2ちゃんねるの俺のバイト歴wwwwみたいなスレ見てたら書きたくなって私が書きたいので人生を振り返ります。


○学歴

幼稚園 物心ついた時にはポケモンやって絵描いてすでにオタクだった 女の子と結婚したがってた

小学 少女漫画に激ハマりしてから漫画家になりたくてずっと絵描いてた オタクだった

中学 底辺すぎて陰キャといじめられるもののオタクだった ほとんど行かなかった

高校 高校デビューを果たし毎日2時間半かけて通学してたけど毎日楽しかった しかし2年で完全に行かなくなり留年 退学

高校2 親にブチこまれるものの週1でしか行ってなかった

予備校 高校行ってないので浪人生と一緒になって通う。変な人ばっかいた

大学 普通にリア充したかったので変人になりたがる人の多い大学の体質に馴染めずにぼっち化 楽しくはなかった オタクだった



○バイト歴

ラーメン屋(メンヘラの頂点の時に働いて客の前でラーメンひっくり返して号泣。10日。電話入れて逃亡)

ファミレス(顔合わせの日に私の他にいた2人の女の子にハブられて辞退。制服は返した。1日)

クリーニング工場(ババアがろくに仕事を教えてくれない。短期13日はじめて完遂できた)

お菓子の箱詰め工場(人がみんな親切。高級お菓子もらえた。最初働いたのは1ヶ月だけど働く人足りない時期に呼ばれまくって3年ぐらい付き合いあった)

映画の小道具制作(コネ。上司が鬼畜。3日間。映画の現場はブラックだと学ぶ)

飲食店(使えな過ぎていじめられシフト出さずに飛んだ。3ヶ月)

飲み屋(当欠しまくってなんとか4ヶ月。飛び飛びで働いてる工場除けば最長)

派遣1冷凍庫の仕分け(人が優しい。 寒い死ぬ)

派遣2工場(人が理不尽。二度とやるかと思う)


ざっくり以上です。なんの面白みもない
まともに仕事ができるのでしょうか。多分無理っぽい。

物好きなあなた ここまで読んでくれてありがとう。
最近現実逃避を極めていてゲームの話しかしていないのですが
22歳になってもよくも悪くも変わらなそうなのでこれからもよろしくお願いします。

おわり

オリジナルでなんか作れるサイトをまとめてみた

どうもご無沙汰しておりますalreschaです。

明けましておめでとうございます。

2017年も死なないように頑張ろうと思うのでよろしくお願いします。

 

友達の少ない私ですがalreschaと名前をつけてくれた友達とは未だに親交があって

彼からはあけおめLINEきました。いい友達です。ちなみに年賀状0!いぇーい死にたい

 

さて新年なんですけどもみなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は見・事・な寝正月を過ごしました。

12月中盤あたりから年末年始は何もしないで過ごすと決めていたので引きこもる準備ばっちり。快適で毎日楽しい。

昼に起きてゲーム実況見たり人狼ゲームの動画見たりソシャゲやったりして特に悩みもなく幸せに過ごしています。

 

で唐突なんですが私、オリジナル○○みたいなのが大好きで

まあ理由はオタクだからに尽きるんですが、

やっぱり美大生やってるだけあって(?)自分だけの服とかハンドメイド見たりするのが本当はすごく好きなんですよね。

さすがに洋服というか表から見えるところでそれやっちゃアウトだろうと思いとどまりやってはないですがおれのかんがえたさいきょうの小物みたいなのを思い描いては実現したいとよく考えたりしてます。

ネイルも自分でやったりしてみたい。

で引きこもり期間中そういうの唐突にやりたくなってそういったサイトをひたすら散策していました。

今日はその引きこもり期間中に知ったオリジナル作品が作れるサイトたちを勝手にまとめていこうかなと思います。

 

 

まずはこれ、

www.shoesofprey.com

shoesofprey

 

私すごく足がでかいんですよ。身長が169もあるもんで仕方ないんですけどその辺の服屋で売ってるものの靴がまず入りません。

あと靴屋でもほとんど希望が見込めません。大体女性のL〜LLって規格が24.5なんですよね。運が良ければ25まではあるんですが25.5なんていうのはほぼ希少種ですね。専門店みたいなところ行かないとありません。

なので靴は大体大きいサイズまで取り扱ってる靴屋で買ってます。こういうところって安くはないんだけどまあ仕方ない…だってサイズがないんだもん

あとは外資ファストファッションはサイズが結構普通にあることが多くてそこでも買ってます。

ただ外資だけあってやたら幅狭だったりかかと固かったりして作りが外人仕様なのか結構ハードな靴擦れを起こします。というわけで靴には散々苦労しました。

 

でたまたま見つけたこのサイトなんですけど、オリジナルの靴が作れるらしい。

しかも海外のサイトなのでサイズが自分の分まである!

オーダー系ってだいたい高いイメージなんですけどここだとどうやら2万ぐらいで作れるみたいですね。ダイアナとかと変わんないじゃーん

 

デザインも結構センスがよくてヒールの高さも選べるのでかわいい。

 

f:id:a_lr_es_ch_a:20170104175216j:plain

というわけで最初は欲しいのを作ってたんですけど、

f:id:a_lr_es_ch_a:20170104175209j:plain

f:id:a_lr_es_ch_a:20170104175212j:plain

f:id:a_lr_es_ch_a:20170104175156j:plain

 

結局オタクなので九条天モデルやMEZZOモデル、flyawayモデル作ったりしてました。

 

自由度高くてブーツとかもありなんでコスプレとかにもいいんじゃないかな。

ただし日本語に完全対応してないのがあやしいところ。金欠脱出したら使ってみたい。

 

 

 

次はここ

factory.pixiv.net

pixivFACTORY

 

pixiv、私も使ってますがこんなことやってたんですね。

このサイトは同人誌から洋服までいろいろ入稿だけで作れるサイトで、名刺やアクキーのみならず傘(!?)や屏風やポーチ、タイツなんかも作れたりするそうです。

Tシャツやiphoneケースのデザインが自分で出来るサイトは結構ありますが、ここは自由度が高くてさすがって感じがしますね。

こういうオリジナル○○が作れるよ!みたいなサイトってすでにあるテンプレから選んでいって組み合わせるだけ、みたいな結局その中のデザインでしかオーダーできないパターンが結構あるかと思うんですが、一からデザインしてiPhoneケースに出来たりするのは嬉しいなーと思います。

 

あとここの良いところは小ロットからオーダーできるところかなあ。

名刺は私も刷ったことあるんですけど最小数100枚で5000円ほどでした(特殊紙使ったので)。まあ名刺なんかは配るものだし困らないんですけどオリジナル印鑑ケースなんか50個も100個もいらないですよね。

そういうところがさすが個人作家の気持ちを分かってる会社だなあと思いました。

イラレさえ使えれば気軽に出来そうなので本当に一個タンブラーでも作ってみようかな。

二次創作も許容っぽいのでその辺について言及されてるのもpixivらしいですね。

オリジナル抱き枕も気になるけど一番は傘が気になる。一度作ってみたい。

 

 

次はここ。

www.umaibo.jp

 

フェイスウィン

 

色々調べてたらたまたま出てきたんですけど、なんとオリジナルうまい棒が作れるらしい。

オリジナルクッキーやケーキなんかはよく見ますがオリジナルうまい棒は初耳です。

ここはどうやらフレームに写真をアップロードするとあのおなじみのうまい棒のパッケージに乗せてオリジナルうまい棒のパッケージが出来るらしい。

ロットは100個からですがうまい棒なんて何個あっても困らないからいいですよね。食べ物だからオリジナルTシャツなんかと違って貰って迷惑な人もいないだろうし。

法人も大丈夫で企業PRにも使えるらしいんで企業の方には就活でぜひ配って頂きたいところです。

あとここは写真アップロードするだけで良いらしいので記念日のプレゼントとかにもいいんだろうな。

f:id:a_lr_es_ch_a:20170104180131p:plain

なんか新サービスもできてた。

 

食品系って思ったより結構あって、確かチロルとかも出来たはずなので色々探すとおもしろそうです。

こういう系は専門が違うだけあってあまり二次創作利用での可否は言及されてないんですけど、まあ版権に関わらない範囲で自分が楽しむ分にはいいなあと思います。

 

 

疲れたので今回はこのへんで終わりにします。

こういうの大好きなので他にこのサイトおもしろいよー!みたいなのがあったら是非教えて下さい。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

不登校時代 自分の場合

最近、大学にも行かずに課題やって集中力が切れてはゲームやって寝て…
いうような生活を繰り返しており、当然人と話さないので聞く声は声優のラジオのみ。
(余談ですが男性声優のラジオって他と比べて守るイメージがあんまりないからか大学生の飲み会みたいなノリでアイドルやタレントより全然面白いっすね。おすすめあったら教えて!)
人と話さないから何か生産性のあることをしてると思えなくて不安になる…
ということで眠い目を擦って何かを書きます。
ブログが生産性のある行為なのかはまったくわからない。


まず言いますが私は時間の使い方がヘタクソ。
規則正しい生活、というのがどうなれば規則正しいのかという基準か ということすらも分かりません。
まず朝ごはんは食べない。顔も洗わない。そもそも朝起きない。みたいな。

(夜も寝ない。カウンセリングに行くまで3時ぐらいまで就寝しないのが普通ではないということに自覚がありませんでした)

なんでこうなったかというと私がしばらくの間実質ニートだったからだということ、それに対して親も何もいってこなかったということ
があげられます。
そんなこんなで"普通"の軸がすっかりぶれまくり何が普通かわからなくなってしまったのですね。
私は中学二年生の頃からしばらく不登校児だったのですが、不登校児って最初のうちは"学校に行こうと思えば行ける"生活リズムだったのがだんだん狂ってきて最終的にめちゃめちゃになるんですね。私は典型的なそれだったわけです。



今日はその不登校児時代のことについてでも書こうかなと思います。
不登校児、といっても完全に行かなくなる高校2年生の時までは3日休んでは1日行ってまた2日休む…みたいな形だったのですが。


きっかけは中学2年生、本当に些細なことでした。
些細とは書くものの中学の時ってよっぽど他校の先輩とつるんでるみたいなことがない限り学校が世界の全てみたいなとこあると思うんですよね。
今考えれば私が悪いのですが、ちょっと学校の女の子とトラブルを起こしてしまって。そっからというものひどかったんですよ毎日放課後呼び出して詰められたりとかしてて。
ちょうどクラスに馴染めなくて居場所がなかったことも手伝って毎日家に帰って泣いたりしていました。
最初のうちは頑張って行っていたのですが、とうとう滅入ってしまって姉にどうしたらいいのか相談しました。

そしたらあまりに辛そうだった私に対して姉が
「もう無理やったら学校ずる休みしちゃいな」


あっ、姉の責任だとはまったく思っていません。姉は私を気遣ってそう言っただけで不登校化したのは完全に私が自分でやったことです。


まあ話を戻し…
それまでうちの親は割と厳しい方で、門限とかも他より早かったですし、学校行かないなんてありえない!みたいな両親でよっぽど風邪とかでない限り基本は学校に行かされてました。

んですが姉の提案通り頭が痛いとかいって仮病を使ったんですね。
そしたらわりと簡単に親を騙せてしまいました。
正直私は(えっ…こんな簡単なんだ…)みたいな感じに思ってた気がします。


その日は一日休み、次は行き…


みたいなことを繰り返し最終的には毎日学校へ行きたくないとごねるようになってました。
両親は厳しかったので(というか普通の反応です)泣いて暴れる私を怒鳴り、悲しみ、祖父まで毎日私の元に怒鳴り込みに来、なんなら学校まで送ってあげるから!と言い学校へ行く日は毎日祖父か母に車で学校まで送られるようになってました。
(ちなみに当時の車は親が頑張って買ったベンツでした。ベンツで送迎される中学2年生)


そのぐらいの頃から私はクラスに居場所がなかったことも手伝ってちょっと精神的におかしくなっていました。
ちょっと度を越して厳しい親だったので学校へいかないならとテーブルからパソコンを取り上げ、隠し、当時は携帯も持たせてもらえなかったのでパソコンがなくなると外部との通信手段がなくなってしまったわけなんです。
かといって外に友達はいないし…。
ということでひたすら引きこもって見たくない現実を見なくて済むように寝る日々…そしてその様子を見て心配からかひたすら怒る親。


当然、結構頭おかしくなります。
幽体離脱する夢を見たり毎日のように明晰夢を見たり、
片耳からずっとノイズがするようになったり視界の一部が砂嵐になったり。


その間たまに学校へ行くとクラスメイトが心配してくるのが鬱陶しかったりクラスのみんなからの書かされた感ありありの手紙が届いたり担任が家に来たり毎日電話に怯える
みたいな不登校あるあるを散々味わいました。

中学3年になって不登校は受験を控えていたので以前よりましになりましたが手首を切り始めたりして完全に心は病んでいました。


それでまあ心機一転高校デビューし1年間毎日楽しい日々を送るんですが、
人間って一度ついたサボり癖逃げ癖ってもうなっっっかなか治んないんですよ。

精神的にちょっと不安定だったのもあり途中からちょくちょく登校拒否し、高校2年のはじめに3日ぐらい登校したっきり1日も行かなくなってしまいそのまま完全に不登校になりました。
その時親も親で北風と太陽の北風 じゃないですけど 学校に行かないならとパソコンと携帯のネットを取り上げ完全に私がインターネットに触れられないようにしていました。
あとは父親に床ドンされたりしていたかな。


その頃はもう完全に精神的に病んでしまい…
というかその頃が今の所闇のピークかな。

1日1食しか食べなくなって1月で7キロ落としたり
ストレスからか白髪が生えたり
2週間風呂に入れなかったり
醜形恐怖症も併発してしまいコンビニに行くのに2時間かけて化粧をしては鏡を見てあまりの醜さに外に出れず情けなさに号泣し
やっと一人で外に出たかと思うと出先で人とぶつかっただけで過呼吸みたいになり(パニック障害になりかけてたのかな)
完全に外出不可になりマスクをして病院以外で外に出れない
あと毎日とにかく涙を流していました
何をするわけでもなく毎日寝る前に1時間ぐらいしくしく泣いていたり
ときたま激無理状態になって洗面器の中で腕を切ったり


みたいな激・闇の生活を1年近く続けていました。
外に出た日は合計で20日ぐらいです。
あの頃の私より病んでた引きこもりはなかなか見ません。
本当にいつ死んでもおかしくないみたいな精神状態でした。


まあ父親はちょっと色々ある人なので対応がアレで…話せば長くなるので割愛
母親に至ってはもう完全に☆腫物☆扱い☆で、もはや寝ないとかそういうことに文句すら言わなくなっていました。母も疲弊したんだと思います。


そういえば最初不登校なり始めの頃はいじめに負けるなみたいな本を買って来て読まされてたんですがこの頃は本棚にアスペルガーの本とかADHDについての本とかが並んでたな。


まあそんなこんなでドン底生活を1年ぐらい送ってたんですが
暇なんですよね。不登校って。とにかくやることがない。友達もいない。
そして親がパソコン触ってるとなぜか無条件に機嫌が悪くなって電源引っこ抜いて取り上げようとするタイプの毒だったので
やることがなくて、深夜使えないようにフィルタリングされた携帯から某巨大掲示板で地下アイドルのスレを見ているうちに美容・ファッションオタクみたいになっていて

1年後ぶち込まれた通信の校舎が大阪だったことも合わせて、
基本日中は寝て 祖父からのお小遣いで通販や梅田ルクアエスト阪急などでふらふら買い物をしたり美容院に行ったりマクドナルドでご飯食べたり
たまーに気が向いたらインターネットで拾った男と会ったり
そしてまた引きこもって病院へ行く。
そんな感じでした。


それでも実家なので生活は保障されているし、祖父からお小遣いは定期的に入るし、親はもう何も言わないしで完全に好き放題の生活です。
今まで家が厳しかったこともあり反動で完全に感覚が狂いまくっていました。
完全にレールの上に走ってる間ってとにかくそこから落ちるのが怖いんですよ。学校なんか休んだらどうなるかわかんないし。

でも意外とどうにかなってしまうんですよね…
周りもしってか知らずか「身だしなみはちゃんとしなきゃだめ」「テストで良い点取らなきゃだめ」から「髪の毛はあんまり明るく染めちゃだめ」「学校へいかなきゃだめ」→「学校行って偉い」→「外に出て偉い」みたいにどんどんハードルを下げていきます。
そうなると今まで頑張っても認められなかった自分ってなんなの?みたいな感情も手伝い、普通に学校へ行って普通に勉強するのが完全にバカらしくなってしまったんですよ。私の場合は…

みんなが学校行って机に座ってる間に阪急で買い物しても誰にも咎められない、食うのにも寝るのにも困らない。
そして困ったら大学行けばいい。

あとはレールの上を親の言う通りに歩んできた自分がちょっと恥ずかしかったということもあって、学校へ行っていないというのはちょっとアウトローみたいな感じで優越感っていうのもありました。今考えると恥ずかしいの極みです。

まあ実際あとあと後悔します。私は現に受験の時死ぬほど後悔しました。これからも沢山するかもしれません。

その後は前書いた通り予備校に通ったりしているうちに不登校はなおるんですが、それでもいまだに私は不登校化する以前の自分が思い出せません。

狂ってしまった感覚ってなかなか取り戻せません。なのでこれを見てる学生のあなた!レールに乗れてることに感謝して学校通い切ろうな!




まあ完全に頭おかしくなってしまった後の私は置いといて、不登校児なら共感してもらえるであろう中学生のとき感じた不登校あるあるとしては
電話がとにかく怖かったです。
あとは先に書きましたが書かされた感満載のクラスメイトからの手紙が鬱陶しい。
家に来るなんの説得力もない担任から逃げるために自室やベランダに避難する。らとにかく来ないでほしい
なんで行かないの?なんで来ないの?と言われても自分でも理由が答えられない
など


不登校って本当に慣れちゃうんですよね。学校へ行かなくても案外どうにでも生きられちゃうということを知ってしまうともう戻れない。
周りの対応としてはその子が精神を病まないようにストレッサーを取り除きつつ甘やかすだけでなく叱咤激励もたまには(たまにはですよ)必要なんじゃないかなぁと思います。
不登校って大体親自体に原因がある気がするので親と離れない限り結局どうにもなんないのかなとも思います。

何が言いたいのかよくわかんないブログでしたがこれを読んでいる学生のみんなは私みたいに感覚が完全に狂うまでに真っ当に生きて欲しいと思います。
無理はしない程度に。


長々と書いてしまったのてこの辺でしめようかなと思います。
今度はもうちょっと自分が感じたことを主観寄りで書きたい。
目が限界なので寝ます。

コミュ障の話

最初に言っておきます。

私はびっくりするぐらいコミュ障です。

まあ高校を辞めたりいじめられたり、バイトが続かなかったり友達作れなかったりっていう経歴やTwitterの文章を見てもらえれば分かってもらえると思いますが、私は本当にびっくりするぐらいうまくコミュニケーションが取れません。

コミュニケーションがうまく取れなすぎて人間嫌いになってしまったし、私が病んでいることの6割ぐらいは人とうまく話せるようになったら解決すると思います。

まあそんなこんなで人間関係が作れなくて精神的に病むことの多い私ですが、中でも困ることは主にこれです。

①返答がズレてる、天然などと言われる

②話を聞いていないと言われる

③自然に場に入っていけず空気を悪くしてしまう。結果邪険にされたり敬遠されたり…

そうして自信をひたすらなくすのループ…

みんなに分かってもらえると思うのですがこういうことが続くと本当に自信を失ってしまうんですよね。

コミュ力が重要視される社会なんかに反論を唱えたりなんかしても現実コミュニケーションが取れないと精神的に健康に生活していけません。

と書いてきましたが、最近私はなりゆきで人と話すバイトを始めました。

無理やり人と話さなければいけない場所に自分をブチ込むことによってコミュ障を治したかったのもあります。

詳しくは伏せますがバイト先では顔がいい子よりも断然話がうまい子が人気が出るし稼げます。逆に顔が多少よくても空気が読めないと全く受けないのです。

現代社会はどこまでもコミュ力です。世知辛い…

私はコミュ障な上に顔も良くないので最初こそ怖がって毎日無理だ無理だ明日飛ぼう明後日飛ぼうなどと考えていたのですが、ある程度経験を積むと最低限のことはできるようになってきました。本当に最低限ではあるのですが。

今回はそのコミュ障の自分ができなかった最低限についてお話しようと思います。

コミュ障の方には反面教師になれば、コミュ障じゃない方にはコミュ障はこういうメカニズムで人とコミュニケーションが取れないんだということを理解してもらえればと思います。

◯挨拶

私は基本的に挨拶ができませんでした。どこのバイト先でもそうで挨拶ができないと怒られて不機嫌になることの繰り返しでした。

理由としては挨拶をする習慣がない、無視されるんじゃないかと怖い。でも人間自分から声かけるのって誰でも怖いもんなんですね。無視されても先輩の方々にとりあえずおはようございまーすと声をかけたら次第に返してもらえるようになりました。

お店の子を見てると思うのですが仕事ができる人は基本挨拶が大きく笑顔です。

できる人からしたら当たり前のことかもしれないけど私は本当に今まで挨拶ができませんでした。自分から挨拶って大事なんですねえ…今更…

◯笑顔

私は緊張しいなので常に真顔で、しかも話しかけられるまで笑わないのでムスッとしてると解釈され近寄りがたいと思われがちなようでした。

親に笑顔が大事とか言われても何もないのに笑うなんてただの変態やん…といつも思っていましたが、お客さんを前にして真顔でいるわけにもいかず強制的にニコニコしていることになります。

それでやっと気付いたのですが人間ってとりあえず笑ってればなんかどうにかなるんですね…。楽しくなくてもとりあえず大声で笑う。こいつクソだなと思っても会話が続かなくても常に笑顔を振りまく。って強制的に笑顔が癖になってからはお客さんに笑顔がいいねなんてよく言われるようになりました。

愛想がいい人っていっつも笑顔なんですよね。常に笑顔でいるって思っているよりも相当エネルギーを使うのでだからこそ愛想がいい人は愛されるんだろうなあと思いました。

当たり前なのかもしれないけどこれもコミュ障の私には今まで出せなかったんです…。

◯相槌

これこそキングオブ当たり前なことなのかもしれないんですが今まで私は本当に相槌を打たなかった、相槌を打つということ自体が自分の辞書の中になかったんです。

高校生の時にお前は相槌を全然打たないんだよと姉に指摘されてそこでやっと意識するぐらい重症でした。

うなずかないと話を聞いてもらってると相手が思えるわけがないですよね。姉にこのタイミングで頷け!とか指導してもらってそこでやっと打てるようになりました。本当に悪気があったわけじゃないのですが話す側からしてみればそれこそ聞く気がないみたいに思えますよね。マジで重症…

ただ相槌ってコミュ障が思ってるよりもだいぶコツがあるみたいでそれはそういう本を読んだりして必死に勉強しました。(必死に勉強してやっと人並みぐらいなんですが)

目を見て深く相槌を打つととりあえず場がなんとかなるっぽいですね。こんなことすら知らなかった…そりゃ友達できないですよね。

◯人の話を聞く

…ということがまったくできませんでした。

しかも悪気がなかったのでお前は人の話を聞いていないと言われてもどこが聞いていないのか全くわからないということがよくありました。

それは上記のように相槌を打たなかったこともあるし、目線を合わせられなかったこともあるし、

あとは単純に私は今まで人の話を聞いてるようで実際全く聞いていなかったようです。

これはwais-ⅲという発達障害の検査の際に分かったんですが人間にはワーキングメモリという機能があり、短期記憶よりもっと短い間の言葉などを記憶するところが人より小さいっぽかったんですね。だから実際本当に脳の都合で人の話が右から左へ抜けていく…。そのため話したいことが終わらないうちに次から次へと話題を変えていってしまうので話に脈絡がなく「は?」と思われがち。だから天然とかずれてると言われることが多いのかなぁと思っています。

あんまり詳しくないのでいい加減なことを書けないのですがこれは発達障害の傾向を持つ人に多くみられるっぽい。

本を読んでやっと知ったのですが人って基本自分が話したいもんらしいです。

だから相手の話にかぶせて「えっ私は〜」などと話したくなる気持ちをおさえて人の話にひたすら相槌を打ち聞くようにするとよくあった相手の気分を害することが減りました。

◯否定から入らない

私は予備校の先生に否定されるまで会話は常に「いや、」から入る人間でした。

これは別に特別な意味があったわけじゃなく口癖だったのですが、そりゃ嫌われるわ。

おそらく無意識に自分を上げて見せなきゃ!とか私は(会話相手より)上!みたいな意識が働いていたのだと思います。

これは意識してとりあえず相手の言葉は肯定してから話すことによってだいぶ改善しました。つもりです。

◯周囲を見る

人気者ってすごくよく周囲を見て自分のことじゃなく相手が求めてることを察して動くんですよね。だから人が返してほしい言葉を言えるしうまくコミュニケーションが取れる。

コミュ障って結局自分のことしか見えてないんだろうなと最近になってすごく反省しています。みんな自分のことだけ考えたいのはそうなんですよね。それでもそこを犠牲にして人の欲しいことを察知して動けばそれはもう人気出ますよね。私は一つの物事に一点集中的に固執しがちなのでなおさら周囲が見えなくて空気が読めなくなりがちです。

周りを見て動くことは未だに私にはまったくできません。

上記にあるのは当たり前のことばかりですが私にはそれができませんでした。

しかも恐ろしいことにこんな当たり前のことができていないこと自体自覚がなかったのです。

まだ結果は出ていませんがおそらく発達障害の気がありそこ由来の上に経験不足が重なってここまでのレベルになったのだろうなと思っています。

未だに天然などと言われるのでまだまだ気付いてないコミュ障要因が沢山あるのだと思います。

本当に悪気があるわけじゃなく自覚していないだけなのでもしそういうところに気づいて指摘してくれる優しい方がいたら私に教えてあげてください。

ただ、得意不得意を知るっていうのも大事でもともとわたしはコミュニケーションに不向きな人間なんだろうなと思います。

それを受け入れて営業などの仕事は絶対避けるようにしようと思いました。経験値的にもかなわないしたぶん先天的にも伸び代があんまりないんですよね。

だからある程度不自由しないぐらいのコミュ力は補完しつつ営業などの仕事は避けていきたいなあと思いました。

おわり

広告を非表示にする

独断と偏見で美大生をカテゴライズしてみた

昼夜逆転で大学をサボるという典型的大学生みたいなことを3年後期の今更に入ってはじめてやらかし気が晴れないのでブログでも書こうかなと思います。

そもそも美大生は一般大学生とは結構違います。

と描くと選民思想や特別意識を持ってる勘違い人間のようなのですが、事実純粋に結構違います。

まず一番はそれぞれがなんらかの目的意識を持って進学してきているということ。

一般大学に進学する人の動機は結構様々であり、○○になりたかった!○○の勉強がしたかった!などの熱い気持ちを持った人もいれば、周りが進学するからなんとなく… だとか、高卒じゃ不安だから適当なところに…とか、気がついていれば大学に…みたいな人も結構いると思うのですね。実際なんとなく進学したみたいな方々も何も考えがないようで実は必死に考えた上でのことは理解しています。

が、美術大学は基本違います。

数ある大学の中でわざわざ美術の道に来る人間はやっぱりそれなりに揺るがない決意のようなものがあるんですね。

(大学や科にもよりますが)普通の勉強では入れない実技試験にわざわざチャレンジしたり、周りに反対されることも多い中でそれを押し切って進学してきたり…

まず普通に生きてきたらわざわざ絵を描いたり何かを作って生きていこうだなんて思うでしょうか。思わないはずです。

この道に来る人はそれぞれが何か理由を持ちやっぱりアートやデザインをやりたくて来ているのです。

それから、やっぱりちょっと変人が多いということ。

絵を描く人間というのは基本ちょっと変わっているところがあります。そもそも変わったところがないと大人になるまで絵を描き続けません。忙しくなったり、友達に恋にやり甲斐のある仕事に…他に楽しみを見つけたりしてだんだん描かなくなっていくことでしょう。

また絵を描く人間というのは(例外もたくさんいますが)もともと気質として少しコミュニケーションや一般社会に馴染むことが苦手な人が多く、その代替行為として何かを表現する能力が発達しているという側面もあります。

かついい歳になってなおアートに関わって生きていこうとするのはかなり浮世離れした思想です。

そういう人間はだいたい思春期に学校のクラスなどで浮いたことがある経験を持つという現実があり、そういった自分を正当化するために自分はいい意味で普通とは違うんだと思いそういう思想に走ったりします。

美大生はだいたい変わっていると言われると表面上ではどうであり心の奥底では喜びます。そういうものです。

なのでもともと気質が根本的にちょっと変わっている人、変わっている自分になろうとしている人などで埋め尽くされ結果的に変人が多い空間が作り出されています。

こういった理由で変わった人が多い美術大学なのですが、なぜか似通った人種というのが結構いるものなのですね。世界のどこかには自分と似たような人間が必ずいるものです…。

もちろん唯一無二でこんなの絶対世界のどこにもおらんやろみたいな人が多いことは多いのですが、今日は話のタネとしてカテゴライズできてしまう人をカテゴライズして紹介しようかと思います。

私の独断と偏見による完全私主観なので嘘だ!こんなのいない!ズレてる!と思っても怒らないで下さい、お願いします…。

①なんかちょっと普通と違う腐女子

基本的にオタクの多い大学なので腐女子の割合が非常に高いのですが、この腐女子がなんか普通とちょっと違います。独特なオーラを放っているというか。身につけているアイテムというアイテムがなんかちょっと普通の腐女子とは違っています。

そもそも絵を描く腐女子は絵を描くことに意識の大半を費やしているので身なりに構わない人が多いのですが、身なりに構わないといってもアクシーズやハニーズなどのベクトルの「ダサい子」は逆にあまり見ません。

無頓着とはいえアート学生特有のこだわりとか美意識はやはり皆あるようでデザフェス(そういうアクセサリーなどのコミケのようなイベントがあります)で買った謎のイヤリングに謎のラバストをつけて謎の靴を履いていたりします。

悪っぽく書いてしまいましたがただこの手の女の子は非常に無害です。ファイン系はもっと世捨人みたいな人が多いのでだいたいデザイン科です。

チラッと落書きしているイラストを見せてもらうとたまにガチでうまい人がいてビビる。

②前衛的すぎるファッションの女子

やっぱり美大のオシャレは普通のオシャレとはだいぶ違います。それが一周回ったものなのかこじらせたものなのかはわかりませんがとにかく普通のカワイイとは全く違います。

大学に進学するぐらい真面目なので意外と話してみると堅実で普通の女の子が多いのも確かです。

普通のカワイイは敬遠される、それがこの世界なのです…。フィルムカメラ大好き。装苑

③ぱっと見普通なのに描く絵がヤバい子

これが結構多いパターンです。というか②番のようにいかにもアートです!みたいなタイプは意外と作品がいいかと言われるとそうでもないことが非常に多いです。意識が外に向いているからでしょうか。

本当に吸引力のある作品を作る人はだいたいこれです。ファイン系にはこういう子が絶対一定数いるような気がします。

④普通の道からわざわざ落ちてきた再受験組

一定数いる。わざわざやり直してるだけあって目的意識はそのへんの美術科上がりより全然上なことが多いです。デッサン経験がない分そこにコンプレックスを持っている人が多いような気がします。ここまで一般社会に馴染めてきただけあって変じゃない普通の服を着ている。

③オシャレとは違う謎の金髪と毛先原色

特筆すべきなのがこれだと思います。金髪は金髪でもなんだか普通のオシャレとはだいぶ違います。ツヤがなかったりだいぶプリンだったりしてわざとなのか無頓着なのか謎です。とにかく異様にツヤがありません。金髪というとだいたい原宿系かV系かギャルのどれかだと思いますが不思議なことにこの金髪のファッションはそのどれにも属しません。

それから異常な確率で存在するのが毛先だけ原色で顔は薄化粧の女の子です。なぜか全頭染めないで毛先だけ原色にする人間が割合としてはかなり多くいます。毛先がピンクだった時代の大森靖子さんをイメージしてもらえるとわかりやすいかと思います。

⑤ミスiDにいますみたいなやつ

被写体!高円寺!古着!インド!煙草!メンヘラ!水○しず!池○はくる!インターネット!自意識!Twitter

腕にリスカ痕があることも珍しくない。

実際話すとちょっと気の弱いごく普通の女の子、みたいな感じであることが多いような気がします。

とまあ色々書きましたがみんなそれぞれが真面目でやりたいことを持ちちょっと変わった人が多くカーストがないこの空間は生きやすくて私は結構好きです。

まるで美大生の代表かのように書いてしまいましたがあくまで私個人の目線だということをお許しください。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

おわり

キモオタの日記

最近どハマりしているアイドリッシュセブンについて書こうかなと思います。 

そもそもきっかけは人生のつらさでした。 
普段はアニメなどあまり積極的に見ようとする方ではなく昔好きだったアニメやゲームに縋って生きているのですが、 人生がつらすぎて限界突破するときがごくたまにあり
そういう時はもうどうにもならず散々苦しんだあと現実逃避を始めます。 
なんでもいいから助けてくれ!と藁に縋るような思いでインストールしたこの一つのアイドル育成ゲームで私の人生は変わりました!


 とか書くと胡散臭い宗教のCMのようですね。 
 まあとりあえず何かにハマりたくて始めたアイナナですがこれが大当たりでした。
 しばらくオタクらしいオタク活動から離れていた私は最初こそ乙女ゲーらしい絵柄や台詞回しに拒否反応を示したものの、ストーリーが進んでいくと気がつくと夢中になって1日数時間は熱中しストーリーを数話進めるようになりました。 

ゲームに熱中するとそれ以外余計なことを一切考えなくなるのでついつい深く物事を考えすぎてしまう私には合ってるんだと思います。

なんとなく乙女ゲーにありがちな何の変哲もない主人公にイケメンたちが突如行為を抱きアプローチしてくる話だと思っていたのですが240度ぐらい違いますね。

 予想の斜めをついてくる展開… 気がつくと、この7人を成長させて日本トップのアイドルにしてやりたい…誰一人欠けちゃだめなこの7人に見たことのない世界を見せてあげたい… と立派なキモオタに進化していたのでした。 

うまく要約できないので割愛しますが、このゲーム、女性向けの乙女ゲーっぽさが全面に出されているものの実際はルーキーズみたいな、頂点を目指していく青春人間ドラマが本質な気がします。ルーキーズ見たことないけど。

最初は乙女ゲーっぽさに抵抗があったのですが絵柄に反して乙女要素が少なく予想外に掘り下げの深いストーリーで気がつくと夢中になっています。私はそうでした。
あとは楽曲がストーリーにちゃんと沿っているので曲に思い入れが強くなって全部名曲に聞こえます。実際モンジェネやメモメロやリスポは普通に曲としていいと思うのですが8割増で名曲に聞こえる…

なんだかあやしい押し売りみたいになってきたので好きなキャラについてでも書こうかな。


◯逢坂壮五
最初の2話ぐらいで一番好みだな〜と思って調べてみたらアイドリッシュセブンで一番人気があるっぽい。
イメージカラー紫で銀髪で中性的で暗い過去持ちって全面から全国のオタク女釣りにきてる。


◯和泉一織
一織も2話あたりで壮五と同時に気になったキャラで、優等生で理知的だけど素直になりきれないっていうこれもまたオタクが好きなやつ。釣られる。

◯九条天
完璧主義だけどなんだかんだ思いやりはあるライバルグループのセンター。いかにもオタク好みなキャラデザインなので絶対ハマりたくないと思ってたけどいつのまにかめちゃめちゃ好きになってた。釣られる



好きなキャラとは言ったものの基本箱推しでみんな好きです。

アイナナはいいぞ…


申請ください。




おわり



広告を非表示にする

予備校の話

なんだかノリでブログを書きたくなってしまったので開設しました。

書くことがないので予備校の話でも書こうかと思います。


私は紆余曲折あって2年生の時に2時間半かけて毎日通っていた高校を辞めてしまっているんですが、なんでわざわざそんな遠いところに通っていたかというと美術の高校に入ったからでした。

高校ではだいたい理想通りに事が運び高校デビューを果たして楽しい日々を送っていました。


のですが色々なことが重なってもともとあった不登校癖が再発し2年の時にぽっきり行かなくなってしまい

そのまま両親に大阪の私立の通信高校にぶちこんでもらいました。

通信高校は週2日ほど1時間ずつ授業を受ければ卒業できたので、それからはほとんど毎日外に出ず出たかと思えば親の金で買い物、、、のような自由すぎる生活に突入し1年間そのまま過ごしました。


ところがある日進路面談でチューター(通信には担任がなく担当の先生のことをこう呼びます)に聞かれたのです。


「あるれさん、進路どうするん?」



先のことなんかまったく考えず気の向くままに遊んでいた私は、この先どうするのかと聞かれたらなんとなく「美術系の学校に進学」と答えていたのですが全く進学する意欲もビジョンもなく…

その時は全日に通っていた時の高校の担任にあるれさんなら入れるよと言われていた某美大二個ぐらいを適当に答えて帰りました。


焦りを感じ全日高校時代の担任の先生を当たりました。(ありがたいことにいい先生で中退後もめっちゃ面倒をみてもらいました)


とりあえず美術系の専門学校にでも行こうとしてると言ったら全力で止められてそこで強く美大をすすめられます。


美大受験は一般の大学の受験とは仕組みがかなり違っていて、基本は実技が重要になるのですが、実技は塾などでは見てもらえないため美大専門の予備校 いわゆる画塾に通うことになります。

私は高校受験のために神戸の美大予備校で絵を見てもらっていたのでまず予備校に通うことになるっていうのはすんなり受け入れられました。(そもそも周りからしてそれが当たり前でした)


そこで先生に紹介してもらった予備校にアポを取り付け説明を聞きに行くことに。




予備校は難波のYゼミで親同伴だったのですが初日のことは忘れられません。難波きたね!浮浪者どーん!駅広!Yゼミでか!


しかも立地が忘れられません。駅前徒歩1分、しかも目の前はラブホ街。いいのだろうか。


難波のYゼミはA館とB館があるのですが、A館は綺麗なでかいビルに何人も受付がいてすごいお金かかってる感じ。

ここで授業受けられるのか〜と感動して警備員の人に道を聞いたら


美大芸大受験ですか?B館になります」


まあ言ってしまえば隔離されてたんですね。

高校でも美術科は別の棟で隔離されてたので慣れてるのですが、この"普通とは違う"感が我々美大受験生を特急階級みたいに意識させ、こうして勘違いは加速していく…


B館に入るとちょっと社会不適合っぽい事務員の人(後から知るんですが私の大学卒らしいです。なんで事務員に…)が出てきてコースの説明を受け、通信で昼間空いてるので浪人と同じ扱いで浪人生と一緒に授業を受けるのがいいだろうということになりました。

私はデザインセンスが壊滅的で彫刻か油で受験することになったのですが彫刻は関西に強い予備校がないために強制的に油画科に入ることに。



家に帰って親と相談し、いつも通り混乱し親を殴り人生なんかしらんどこにも通いたくないどうしたらええねんと泣き叫び数時間、

「お願いだから大学だけは出て」と親が私に土下座し予備校に通うことになりました。

当時は実家暮らしで甘えただったので何も分かってなかったのですが中退した私を私立にぶち込み美大受験に理解があり安くない予備校代も払ってくれる。ヤバい親です。

当然美大受験は金持ちばっかりということはなく、東京や名古屋の都心部に実績のある予備校が集中しているため、浪人のために上京して一人暮らしなんてこともザラにあり

スカラシップを取ってバイトしながら…みたいな受験生も結構いました。



そんなこんなで晴れて難波の予備校に入会し現役生なのに実質浪人生の生活がスタート!イェイ!



B館はYゼミのよく知られるでかいタワーではなく7階ほどの小さいビルで、階ごとにデザイン科のアトリエ、基礎科のアトリエ、工芸科のアトリエ など分けられており、最上階の油画科のアトリエに入ると7人ほどが各々石膏やセットされた静物モチーフに向かってデッサンしていました。

それぞれがそれぞれのモチーフに向き合ってイーゼルを立てて黙々と絵を描き、後ろから講師が見て回る姿はなかなか独特な光景なので実際見てもらわないと伝わらないと思います。


初日はセットされた静物モチーフ3点を鉛筆デッサンする簡単な課題で、一応美術科だし前も画塾に通っていたし自信を持って描いたのですが


(あれっ、描けない…….)



そうなのです、勉強でもスポーツでも音楽でもなんでもそうだけれど絵も描かないと下手になるのです。

引きこもって毎日ネット三昧と洋服に時間を費やしていた私はすっかり中学生レベルの画力に戻り、その日は微妙な評価をもらい己の実力を思い知りました。


帰りに周りを見渡すと化物のようにうまい…それもそのはず、某国立芸大は定員が少なく受かることのほうが稀なので非常に多浪が多く、3浪程度ならザラでした。

予備校のメンバーは覚えている限り2浪が2人、大卒後の再受験が1人、1浪が4人でしたが、そのメンバーがとにかく個性派揃いで未だに忘れられません。


全身ダボダボのファッションにキャップに白いナイキという今時珍しいレベルのヒップホッパーなのにチック症なのか止まることなく咳払いをしており尚且つ描く絵が男の絵じゃないぞこれというレベルで天才的に堅実かつ繊細な写実絵を描く男の子

ガッキー系の清楚で可愛い見た目でメンヘラって感じも全くなく話してもごく普通の女子なのに描く絵がえげつなく前衛的で、逃亡癖があって突然失踪し親に捜索願を出されかけたり精神病院に連れてかれてアスペルガーの診断降ったり病んで絵にカビ生やしたり飛び降りて骨折したりしたんだよね〜などと明るく伝説をたまに話してくれた女の子

予備校のコンテスト(模試みたいなものです)でナンバーワン常連で実力はハンパないのにメンタルが激弱らしく本番で白紙のままで提出してしまい2浪の美人の先輩

どこからどう見ても中高生にしか見えないのにまさかの再受験生で、いい大学を出て普通に就職したにもかかわらず人生に迷い「大学に出てからの人生設計を全く考えてなくて、このまま書類に埋もれていくのかと思って仕事辞めた」とかっこよすぎる哲学を語ってくれた25歳の先輩

クマに似ていてゆるくやる気なさそうでほぼ途中から出勤してくるのにトップの芸大を出たらしい講師の先生


などなど、高校を中退し問題行動を繰り返しかつやたら派手な見た目で中身の変人さからどこでも浮いていたこの私が余裕で霞むぐらいのこの濃すぎるキャラを持った人間たちが、

必要以上に干渉することなくお昼も1人で黙々とご飯を食べている…みたいな空間は自分にとって非常に居心地がよく、なおかつ気分転換にコンビニにアイスを買いに行ったり登校時間通りに来る人間がほぼいないようなゆるゆるの予備校だったので、

仲の良い友達こそできなかったものの予備校生活はそれなりに快適なものとなりました。


難波という土地柄も新鮮で都会だったので帰りに心斎橋や梅田に寄って洋服を買って帰ったりするのもなかなか楽しみでした。

本当にゆるい予備校だったので途中で抜けて梅田に出て行き洋服を買って帰るみたいなこともよくやっていました。大学に入った今では考えられません。


ただ、高校もまともに出ておらずバイト歴もなくスキルも学力もない分プレッシャーは半端なものではなく、私は大学を今年落ちたら学力はもう落ちていくだけなので風俗落ちは逃れられない…

と毎日頭によぎり最終的には一般学科試験の参考書を開くだけで涙が出てくるようになりもう受験辞めたいと毎日暴れしょっちゅう手首を切っていました。

美大入試というものは1回の10時間ほどの実技で一年分の結果が決まってしまうからこそ非常にダイレクトにメンタルに来るようで、

後から知るのですが2浪の先輩はプレッシャーで毎日予備校のトイレで吐いたり、同い年の女の子は精神的にどん底にきて飛び降りて骨折したり、

美術科時代の元同級生は内臓をやり血を吐くようになったりだとかそれぞれが散々追い込まれていたようでした。

実際目にしたわけではないのですが友達の予備校では泣きながらデッサンする子なんかもいたようです。

私はもともとメンタルがかなり弱いのに加え学科の勉強が全く追いつかないことと満員電車も相当な精神的負担で毎日ツイッターに毒を吐くようになりました。今もいまいち治りきっていません。



最終結果としては、私は先生の操り人形と化すことで晴れて推薦で別の学科で大学に滑り込むことができ波乱万丈の人生の第2章の幕を開け、

他のメンバーはトップの大学に受かったり社会人に戻ってしまったり私と同じ大学に入ったりと予測のつかない結末を辿りました。

連絡取るほど仲良くなかったのでその後を誰一人知らないのですが、予備校で話すことなく気になっていたみなさん…元気なのかな。



ちなみにお世話になった美大芸大受験コースは例の件で潰れA館だけが残ることになり先生や残りの受験生などは各地に散ってしまうのでした。

儚い…


予備校の話はざっとこんなもんで終わりにします。




おわり

広告を非表示にする